Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

  “忘れたくとも思い出せない、
    ジレンマがトラウマになる前に…”
A
 


          




 妖一くんのお家までの途中にある行きつけのコンビニは、一応は某有名チェーンのフランチャイズ店ではあるが。夏だってのにカウンターのからあげ用のケースの隣りで小龍包をふかして売ってるわ、各種チケットの予約やデジカメ写真の現像などなど用の端末に、何故だか無料の“じゃんけんゲーム”が入っていて、勝てば店長ハンドメイドの携帯用ストラップがもらえるわと、ちょっぴり個性的なお店でもあって。
“えっと。”
 お母さんはどこのでもいいって言ってたけど、俺は○○のが好きだから…なんて思いつつ、冷蔵食品用のチルドケース目指して たかたか歩めば、
「あれれぇ? ヒル魔くんだ♪」
 愛らしいボーイソプラノが迎えてくれたりし。
「え? セナ?」
 こんな時間になんで?はお互い様で、
「俺は牛乳を買いに来たんだ。」
「セナは花火を買いに来たの〜vv」
 小さな坊やの満面の笑みの傍ら、きれいな手が小さな肩へと置かれて、
「セナくんと進と僕とで、花火大会しようってことになってね。」
「おお、桜庭。」
 何かお前、また背ぇ伸びてね? 伸び盛りだからねぇ。見上げんばかりとは正にこのこと、倍以上は大仰だがそれでもずんと身長差があるだろう、そりゃあ大柄な大学生相手に、タメグチ利いてる小学生の図は、傍から見ると立派なコントで。たまたま来合わせたクチの、やはり学生だろうお客さんたちが、ついつい眸をやってしまう構図となっており、
「花火か。何で俺は呼ばれてねぇんだよ。」
「だってヨウちゃんは、夏休みに入ったら、いつも以上に“葉柱くん優先モード”になっちゃうじゃないか。」
 合宿にだって付いてくんだろうしサ。あたぼうよ。そんなやり取りを交わす二人の向背から、
「セナ。」
 そんなお声が掛かったので、
「は〜いvv」
 いいお返事をして小さなセナくんが駆け出した先には、買い物は彼らがするからと言われての待機していたらしき“荷物もち”さんが立っており、
「進さん、もちょっと待ってて下さいね?」
 はんた・ぐれーぷとサイダーと、どっちにするか、桜庭さんと話し合ってたトコでした などと、何とも無邪気なお言いようをしつつ。駆け寄ってのまとわりついた大きなお手々をギュッと握って、もじもじ・よじよじ、甘える素振りをして見せれば、

 「………大学のほうでは、ああいう顔するって奴だって事、知れ渡ってんの?」
 「すぐ上の先輩方はさすがに覚えてらっしゃるが、三回生より上は知らないと思う。」

 口の端、所謂 口角が上がっての ふわりとした笑顔を、小さなセナくんへだけご披露している白い騎士殿。下地はあれで、凛々しい部類の二枚目なのだから、別段 奇妙珍妙な笑顔ではないのだが、何たって日頃が日頃なだけにそのギャップは大きくて。その笑顔の破壊力の凄まじさ、ぜひとも公式戦の接近戦にて活用してほしいもんだとは、後日に目撃してしまった敏腕コーチ殿の口から出た、しみじみとしたお言葉だったそうだけれど…それはさておき。
「……っ。」
 最愛のセナくんとデレついているところ、見られたくらいで今更動揺したりもしない進ではあるはずが。視線が上がってのこちらを見やった彼の表情は、いきなりの豹変を見せたので、
「何だよ。今更冷やかしたりなんか…。」
 しねぇと言い掛かった妖一坊やを指差して、セナまでがああっと大きな瞳を見開いて見せ、

 「蛭魔くん、後ろっ! 葉柱さんがっ!」
 「………え?」

 コンビニというのは大概、店そのものをショーケースに見立てたいのか、出来る限りの壁をガラス張りにし、店内を表から見えるようにしてあって。ということはつまり、店内からも表は素通しでよく見える。入口の自動ドア近くへ停めたバイクにまたがったまま、妖一坊やが出てくるのを待っていた葉柱のお兄さんの姿だって、よく見えており。お店の前のちょっとした空間。自転車くらいなら停めて置けるスペースになってるところへ佇む彼の姿は、何とも無防備で…悪く言えば隙だらけでもあったから。その背後から、

  ――― 何かを頭上に大きく振りかぶった、
       サングラスをかけた誰かが するするするっと、

 信じられないほどの速やかさなめらかさで近づいてゆくのが見通せて。セナや進の視線に釣られ、肩越しに振り返った妖一坊やも。その視野の中でまずは葉柱をすぐさま探すという刷り込みがなされていなければ、全くの全然気づけなかっただろうほどの素早さだったものだから、

 「…っ! るいっ!」

 叫んだものの、絶対に間に合わないと思った。たとえ途轍もない瞬発力が備わっても、彼との間にガラス張りの壁がなかったとしても。声さえ届かず、彼へと気づかせることさえも間に合わぬと、そうと判った事実があまりにリアルで…あまりに痛くて。胸へと深々突き刺さったそのまま、妖一の息を止めそうになったほど。無論、店内の様子の急変には、注目を集めてしまった側のご当人もさすがに気づきはしたらしかったが。振り返りかけたその時にはもう。相手の腕も、そこへ握られてあった棒状の凶器も、加速に乗っての急速な落下に入っており。本人の意思から止めたくたって止まりはしなかろう状態に入っていたのだが………

  ――― 風籟まといし一陣の風が、夜陰を鋭く切り裂いて

 愛機にまたがって待っていたものだから。自分へ襲いかからんとしていた不審者の殺気、何とかぎりぎりで気づきはしたが、そこから身を躱すことも適わぬまま。ああこりゃ殴られるなと、ややもすると諦めかかっていた葉柱の、肩越しに見返った視野の中。動態視力がいいのも考えものだと思わせたほどに、バットだろうか凶器がぶんと振り下ろされる軌跡がありありと見て取れたその同じ視野へ、横合いから風のような勢いで突っ込んで来たものがあり。

  「…っ!!」

 振り下ろしの加速と競い合うような飛び込み方をして来た“それ”は。横からの闖入であったにもかかわらず、距離もあったろうにもかかわらず。大リーグ級の投手の豪速球に、少年リーグの新米選手が無謀にも挑んだ結果の如く。風を切って飛んで来た何かは、至近距離からしかも真下へ振り下ろされたバットを、やすやすと追い抜く加速でもって。

  「ぐあぁっ!」

 それを握ってた暴漢の顔を張り倒し、勢いよくあさってを向いたことで首の筋が違ったんじゃなかろうかというほど、とんでもない威力で薙ぎ払ったのだ。

 「あ…。」

 何かを殴りつけようとするからには、その何かに当たってこそ停止することを予期している、途轍もない勢いをおびた力が込められており。そんな剛力を何するものぞとねじ伏せただけのものが顔へと突っ込んで来たがため、その勢いごと弾き飛ばされた暴漢は、自分に何が起こったのか理解出来ぬまま、やや後方のアスファルトの路上へ吹っ飛ばされての尻餅をついた。ただ、よほどに堅い決意のそのまま、思い切り強く握っていたものか。地面を叩いたバットはまだ手にあったので、眼前にまだ、標的の葉柱が立ったままで健在でいたのへと意識は戻って。
「こなくそっっ!」
 自分を吹っ飛ばしたのも、彼の咄嗟の攻撃のせいだとでも思ったか。鬼のような険しい形相になると、口から泡を吹き出さんという憤怒のままに、何やら叫びながら立ち上がり掛かる。そんな修羅場へ、

  「ルイっ!」

 気を呑まれての ぼんやりなんかしちゃあいません。コンビニから飛び出して来た小さな影が、自分の指定席であるバイクの後部シートに飛びつくようにしてよじ登り。あっと言う間に…こちらさんは依然として、何が何やらと呆然としている当事者の背中に張り付いた。もう一回殴りかかる気満々な相手からの、身を呈してのガードにでもなったつもりであるらしく。さすがにそうまでされては、葉柱のほうだって我に返るというもので、
「何してっかな、お前はよ。」
「うっせぇなっ! 頭、かち割られるトコだったんだぞっ!」
「そんくらいは判っとるわ。」
 間近になった坊やとの言い争いをしながらも、坊やの小さな体をしがみつかせたそのまんま、バイクのシートから脚を回して降り立つと。スタンド立ててのやっとのこと、バイクから手を放した葉柱も、自由が利く身へのスタンバイを図る。
「そのまま“子泣きジジィ”でいるか?」
「失敬だな、これはおんぶお化けだ。」
 がっつりと雄々しい首っ玉に、ますますのこと、自分からぎゅうとしがみつく坊やであり。そんな彼らの、どこまで真剣なのかが判りづらい即妙なやりとりへ、

 「離れろっ!」
 「………はい?」

 いきなりの怒号が割り込んだ。思わずいいお返事をしてしまったものの、誰の声だろと周囲を見回しかかった二人へ、

  「その子に手ェ出すんじゃねぇよっ、こんの不良がっ!」

   おや。

 突然の乱闘騒ぎからの難を逃れてのこと。関係のない方々は大慌てで当事者らの周囲から身を引いての、固唾を呑んで成り行きを見守っているままであり。よって、この場に“子”呼ばわりされる対象というと妖一坊やしかいないから。不良と呼ばれたのは、間違いなく葉柱の方だろう。そして、
「………なぁ〜んか、さあ。」
「うん。」
 この暴漢さんに関しては、背景とやらがうっすらと見えて来たような気がするのですけれど。

 「お前がその子を脅して連れ回してんのは判ってるんだ。」
  ほほぉ。

 「可哀想に、大学で離れてもまだ呼び出しての連れ回しやがってよ。」
  そういう間柄だったんでしょうか? 俺らって。
  何だよ、俺に訊くなよな。

 ぼしぼしとやり取りする総長さんや坊や本人が、既に気づいた上で呆れていること。どうやらこの暴漢さんたら、妖一坊やへの…

 「ストーカー行為への処罰ってのはさ、
  恋愛感情が絡んでないものへも適応される方向へ改正されつつあんだってな。」

 まだまだお元気そうな暴漢さんが立ち上がったのへ、さっきのこのご当人の動作の真似のよに。その背後から音もなくの忍び寄り、大きな強そうな手を肩へ添えたかと思ったら…次の瞬間にはもう、腕を背後へと引いての羽交い締めにした上で、相手をお見事に引き倒し、再び生暖かいアスファルトへ這いつくばらせている手際の見事さよ。

 「阿含っ!」
 「よっ。済まねぇな、一足遅れた。」

 もがく暴漢の背中に片膝ついてのぐんと押し込むことで身動きを止めさせの、さあさお縄を受けませいと、観念させてるお兄さんこそ。妖一坊やがやきもきさせられた“監視大作戦”の片棒かつがせたはずの相棒で。
「何だよ、今日はすっぽかした上に、こんなトコに居やがって。」
「すまんね。けど、七郎から伝言は聞いたんだろが。」
「調査員を手配するって言ってたくせに。」
 もしかして阿含が直々についてたんかよと妖一がぶうたれれば、
「調査員だと?」
 そりゃまた何の話だと、蚊帳の外に置かれていたらしいという気配にだけ、今頃気づいた葉柱が胡散臭そうに眉を潜めて見せ。

 「だから。
  結果…というか、捕まえてみたら
  何か狙いは俺絡みらしかったみたいだけれど…。」

 何だか怪しい気配が付きまとっていたこと。ルイは手だし厳禁なんて言ってたけれど、だったら見張りだけでもと、この阿含に興信所あたりの調査員を見繕ってもらっての、これみよがしにルイをガードさせる作戦を考えたことを手短に説明し、

 「お前はまたそういう余計なことをだな。」
 「何言ってんだ、現にこうやって危なかったんじゃんかよっ!」

 パトカーのサイレンの音が遠くから聞こえて来る。コンビニの店員さんか客の誰かが、気を利かせて通報してくれたのだろう。夏の長い陽が、それでもそろそろ傾いて、宵の青みを帯びて来かかっており。そんな中で、アスファルトの濃色に紛れかけてた とあるものに気がついて、

 「すんでのところで、阿含がボール、放ってくれたから大事はなかったけどもよ。」

 しがみついてた葉柱の背中から、やっと降り立った妖一が。猛烈な勢いでぶつかっての撥ね飛んだ先、プランターの陰へコロンと転がったままになっていたボールを両の手で拾い上げる。彼らには馴染みの深いアメフトボールで、だが、

  “………あれ?”

 拾い上げての手元に見下ろし、あれれぇと小首を傾げた坊や。顔を上げた先にいる阿含は確か。えと、あれ? だって。何にか混乱している坊やを、

  「………。」

 それがどういう混乱か、判っていての沈黙で見守る、ドレッドヘアのお兄さんであるらしく。そんな二人の醸す、どこかに似たところのある気配を、これまた察して、

  「…?」

 疎外感を感じつつも、これは邪魔をしてはいけないそれだということへも気がついた葉柱が。先に気づいたことがあっての、あっと息を引く。そのボールが飛んで来た方向と距離と、阿含が暴漢をねじ伏せにと現れた方向とはまるきり合わない。何かしら武道の達人だとは聞いているから、素早く回り込むことが出来たということか? だったら尚更、ボールを投げ付けるより、本人が飛び掛かって来た方が早かったのではなかろうか。

  ――― と、いうことは?

 手元のボールを見下ろしていた妖一が、その小さな肩が上下するほどの大きな吐息を一つつき。それからおもむろに、
「………。」
 まだ子供には大きいサイズのボールを、重心のある真ん中からは少しばかりズラした辺りで掴むと、顔の横手へ危なげなくも持ち上げて。

  ――― それは見事なフォームにて、ぶんっと

 そろそろ夜陰の帳が垂れ込め始めていて、紗がかかっての行方の霞んだ街路へ向けて。きれいな螺旋
スパイラルのかかったまんま、しっかりした軌跡を描いて飛んでいったボール。レモンのような、オムライスのような形をしたアメフトボールは、手が十分大きい大人であれ、なかなか真っ直ぐ飛ばすのは難しいというのに。ましてや、重さもあるから、小さな子供には投擲するだけでも難儀なものを。先程飛んで来たそれのような、風籟まとってというほどの豪速球ではないながらも、しっかとした球威とコース取りにての速球が飛んでゆき。……………そして。

 “何かに当たるなりしての、音がしそうなもんだがな。”

 道路に落としたなら落としたでそれなりに。住宅街だから車の行き来は少ないが、それでも人は通ろうから、それへと当たってのビックリしたとか何とかいう声だとか。何かしら聞こえていいはずが、うんともすんとも聞こえないままな沈黙ののち、


  「………大したもんだな。もうレギュラーを放れるか。」


 滑舌のいい声がした。夏の夜気の中からするり、それはなめらかに浮かび上がった人影があり。結構な長身の、だが、見上げるような大男というのでもない。片方の手に妖一が投げたそれだろうボールを持ち、濃色のシャツの袖を無造作に肘近くまでまくり上げていて。木綿だろうか地味な細身のパンツという、特徴のまるでないいで立ちの、浅い色合いの髪をした男性。そう…ボールを投げた妖一と同じような淡い色の髪に、細い鼻梁、少し頬高で鋭角な面差し。この時間帯だってのに掛けていたサングラスをついと外せば、

 “………あ。”

 その陰から現れたのは、切れ長な目許に金茶色の瞳が据わった、それは冴えた眼差しであり。日本人離れした風貌肢体だってこと以前に、葉柱には恐ろしいほどのデジャヴのある相手。あのヨウコと出会ったときにも感じたそれが、ますますのこと印象強くも襲って来て。
「…。」
 自分の傍らに立ち尽くす、小さな少年の肩を…背中を、ついつい見やれば。

  「〜〜〜〜〜。」

 きゅうと握り込んだ小さな手が、拳を作って震えており。その場から動けないのか…動かないのか。じっと立ち尽くす坊やへと向かい、長身痩躯のその男性のほうから歩みを運べば、
「………。」
 近づくことで視線が上がる。それだけの身長差のある相手が、こつこつと近づいて来ての、あと1歩分ほどを残して立ち止まり、自分の膝へと手をおいての中腰になった。そして、

 「たでぇーま、妖一。」
 「〜〜〜〜〜。」

 年の差がある分だけ大人のそれだが、そのお顔の造作の、何と坊やと似ていることか。からかうような、それでいて、どこか切なそうに寂しげな。そんな顔付きで、真正面から小さな坊やのお顔を覗き込んだ男性へ、

  「……………………………馬鹿っ!」

 妖一の放った第一声が、これである。感極まっての何も言えないのかと思ったくらいの、ちょっぴり長い間合いがあっての、

 「こんの大馬鹿おやじっっ! 今まで何処で何してやがったっっ!!」

 間近になった相手の胸元目がけ、さっきからぎゅうと握り込んでいた拳でもって。ぽかぽかぽかぽか、際限なくという勢いで、叩いて叩いて叩いて叩いて。

 「母ちゃんと俺とおっ放り出してよっ!
  連絡も寄越さねぇでっ! いい加減にしろよなっっ!!」

 くっきりした声での言いようは、ただただ怒号という勢いのある声で紡がれており。ただ、

 「………。」

 それも当然のことか、一切反駁しないまま、一方的な叩かれ続けを甘んじて受け止めているお父上とやら。ずっと表情が硬いままでいたのだけれど、

 「俺は、まだ我慢出来っけど。母ちゃんは女なんだかんなっ! 泣かすなよなっ!」

 金切り声になったその途端、とうとう何かしら込み上げたのか。うぐぅという鈍い声がしてのそれから、手が止まり。小さな拳が相手の懐ろでシャツを鷲掴みにしていて、

  ――― うわあぁぁぁあぁぁん、と

 堰を切ったように大声で泣き出した坊やを、それは大切そうに抱き締めたその瞬間。やっとのこと、父上様が…微笑とも苦笑とも自嘲とも取れそうな、何とも複雑で、でも、暖かいお顔になったのが、葉柱にはたいそう印象的であったそうである。









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  *さあさ、やっと出て参りましたよ、お父様。
   冒険野郎で、通算7年も行方不明だった困った風来坊。
   まだちょっと続きますので、よろしかったらお付き合いを…。